趣味の総合サイト ホビダス
 

アメリカ奥の細道

Richard Ginori ガーデンローズでエスプレッソ

イタリア人のハーレー仲間とトスカーナを走り
フィレンツェの街を見下ろすミケランジェロ広場にバイクを停めて
旅行ガイドでみた景色を目の当たりにする。

ドゥオモ
バッキオ橋

「イタリア~!」

心の中で叫んで…仲間と肩を組み写真を撮り終わると…

「コーヒー?」

そう誘われて近くの喫茶店で立って飲んだエスプレッソは
ちゃんとしたカップに入れられていた。

座って休むわけでもなく
一気に飲むことだってきるエスプレッソ
なんで…あそこで、エスプレッソなんだ?

エスプレッソとイタリア人
なんでだろう…異国にいると感じた一瞬の違和感
イタリアらしい時の流れに身をゆだねている。

イタリアの老舗陶磁器メーカーRichard Ginori
『ガーデンローズ』のデミタスカップを手に入れた。
demiは半分、tasseはカップの意味だ。

1800年代のデザイン、一客一客、微妙に図柄が違う。

「ふ~」

エスプレッソとイタリア人

味の深さは、時の重さであり、文化の豊かさだと気がついた。

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ワイルド・ウエストを旅するに必需品

ワイルド・ウエスト、いわゆる、西部開拓時代
1830年~1890年頃
荒野を旅するカーボーイが携帯していたものは…なんだったのだろう?

ブランケット
テンガロンハット
バンダナ
マッチ
身を守る拳銃
移動を可能にしただけでなく、時に、孤独を癒してくれたであろう馬
そして、
岩塩

敬愛する東理夫さんの本『クックブックに見るアメリカの食の謎』に、そう書かれている。

驚いたことに、彼らは、この時、缶詰も持って旅をしていたとか…。

カーボーイの持っていた岩塩に憧れて…

「テキサスソルト」を買ってみた。

大粒の岩塩を振りかければ
安いお肉でも…うわっ!美味しい。

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マティーニからはじまる夜

8年前に書いたコラムを無性に読み返したくなった。

『ビリー・ザ・キッド』

作家、東 理夫 先生のお宅にお邪魔する機会を頂いた。
東先生の本を読んでいるアメリカ好きな高校教師がいるということで
卒業生がアレンジしてくれたのだ。
ありがたい。

奥様のお人柄がにじみ出る丁寧で優しいお料理を頂きながら
食の話、酒の話、アメリカの話に心躍らせた。

『ビリー・ザ・キッド』

先生の話を伺って…

プロの作家の洞察力、
史実を調査する執念、
読者を説き伏せる大胆で繊細な仮説
そんなことを感じ、圧倒された。

楽しい宴の〆に、先生コダワリのマティーニを頂いた。

くうゅ~!キク~!

気持ちよく、ふらふらになって真夜中に帰宅

それでも、どうしても、
8年前にビリー・ザ・キッドミュージアムに行った時のことを書いた
自分の文章を読み返してみたい。
先生との話の中で、心に芽生えた気付きを確かめてみたかったのだ。

「ビリー・ザ・キッドは、なぜ、アメリカ人にとって特別な存在なのか?」

10年前、その答えを探しにアメリカを走った。

インターステイトを離れ、
荒野に続く道を
容赦ない太陽に焼かれながら
ビリー・ザ・キッドゆかりの地を訪ねた。

田舎町のけだるい午後
他に客の居ないミュージアムで見つけたのは…

He is a good bad man.

そう言うミュージアムで会ったおばあさんのニマリ顔
そして、『牧歌的』、そう思わせる展示品

8年前、自分は、そうまとめていた。

東先生の話には、アメリカ人の心の深層を読み解く仮説があった。
それが真実だと思わせる検証もされていた。
これぞプロ!これがプロ!
本物に出会えたよろこびが込み上げてきた。

最後に先生が作ってくださったマティーニは
この夜の出会いにふさわしいものだった。
今宵が、これからの自分にとっての、マティーニからはじまる夜…となった。

東理夫先生が新刊『マティーニからはじまる夜』がまもなく出版される。
アマゾンで今週から予約受付も始まったので、もちろん、すぐにクリックした。

こちらは東先生の椅子

使い込んだ椅子。
皮もだいぶやれている。
この椅子に座り構想を巡らせたのだろう。

足をのせるオットマンには、無造作に原稿が置かれている。

推敲され尽くされたペンの軌跡に、イマジネーションが膨らんだ。

『マティーニからはじまる夜』 届く日が楽しみだ!

<アマゾンより>
内容紹介
お酒のお供の極上エッセイ

「酒を飲む理由は2つある」19世紀の小説家で詩人のトーマス・ラブ・ピーコックは書いた。
「1つは喉の渇きを癒すため」うなずかないではいられない。
ちょっと疲れた夕方の渇きは、酒以外の何で癒されよう。
「もう1つは喉の渇きを予防するため」膝を打ちたくなってくる。
――「名作」を彩る酒のエピソード136。

【目次】
■1章 マティーニからはじまる夜 – バーに酔う
チャーチル、リンカーン、フィリップ・マーロウ、ウォルドーフ・アストリア、ピート・ハミル、
ジェイムズ・テイラー、司馬遼太郎、常盤新平、ボニーとクライド、高橋義孝…

■2章 酒とバラの日々 – 音楽に酔う
フランク・シナトラ、ジミー・ロジャース、ハンク・ウイリアムス、ナンシー・グリフィス、
ウィリー・ネルソン、キングストン・トリオ、ボブ・ディラン、パティ・ペイジ、セロニアス・モンク、
ナンシー・シナトラ、ジョン・レノン、アンドリュー・シスターズ、ビリー・ジョエル…

■3章 ガンマンとシャンペン – 映画に酔う
グレタ・ガルボ、クラーク・ゲーブル、ハンフリー・ボガード、ジョン・フォード、ヘンリー・フォンダ、
ジャンヌ・モロー、ミア・ファーロー、リチャード・ギア、メリル・ストリープ、
オードリー・ヘップバーン、ヒッチコック、ビリー・ワイルダー、マリリン・モンロー、007、ジョーズ…

■4章 幻の女 – ミステリーに酔う
ホームズ、アガサ・クリスティ、ハメット、チャンドラー、ウォーレン・マーフィー、
イアン・フレミング、ローレンス・ブロック、ギャビン・ライアル、ケン・フォレット、
ロバート・B・パーカー、ディック・フランシス、アラン・ポー、エド・マクベイン、サラ・パレツキー…

■5章 ヘミングウエイのモヒート – 文豪に酔う
ブラッドベリ、ヘミングウエイ、スタインベック、デフォー、キケロ、新約聖書、ベンジャミン・フランクリン…

著者について
東理夫(ひがしみちお)
1941年生まれ、作家。アメリカ文化への造詣が深く、その独特の世界を様々な分野で発表している。著書に『スペンサーの料理』『湘南』『ケンタッキー・バーボン紀行』『ルート66』など多数。翻訳書に『ミリオンダラー・ベイビー』『ブラック・ダリアの真実』他。

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贈るよろこび

巣立っていった…ブタイチハーレーカレンダーが
リビング、事務所に飾られています。
ありがとうございます。

よろこんで頂いている姿を想像すると…
うれしくって
笑顔がこぼれてきて
またガンバロっていう気になります。
いや、頑張ります!

本当にありがたいことですね。

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平凡な田舎道

ドラマティックな出来事ではなくて、
話のネタにもならないような、
とりとめのない時間のことが妙に忘れられない。

平凡なほど、のどかな田舎道だった。
前を走るパットもスピードを落とし景色の一部となっていた。

パットのバイクに近づいて
ガスタンクを指差しながら
ガソリンを補給したいと叫ぶと
「オレのもだ!」と
バイクのタンクを指差し
イイネサインを返してきた。

パットのバイクから離れ
また背中を追いかけ始めた。
相変わらず同じような景色が続き、
なかなかガソリンスタンドには出くわさなかった。

平凡な景色に、いらつきさえ覚え始めた時
ようやく…
ジェネラルストアーに隣接するガソリンスタンドをみつけ
立ち寄った。

屋根のない炎天下に置かれた給油機。
パットの手にした給油口は故障中だった。

「オイオイ」というしぐさをしながら
メットをこちらのバイクに置いて、
パットは店の中に入っていった。

給油を終え、店の中に入ると
うす暗いカウンターで中年女性が
愛想なく店番をしていた。

くしゃくしゃになった札を手渡しながら…尋ねた。

「トイレはどこですか?」

「ないわよ!」

「………」

おつりの紙幣と硬貨をまるめてポケットにつっこみ
急ぎ足で、店の外へ出て…
夏草の匂いのたちこめる畑の隅に行った。

「ふゅ~う」

空を見上げ、ふと思った。

店員の言葉は…『差別』…だったのだろうか…?

眼を閉じると…
飛行場の雑踏、高校の教室、妻や子どもたちの笑顔などが
いっぺんに思い出された。

足元からバッタが飛び跳ねていった。

お待たせしました!

“2014年版カレンダー”できました!!!

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アメリカの一本道、日本の一本道

アメリカの荒野に伸びる一直線の道を見たとき…
どんな思いが、その胸に去来するのだろうか?

『国家の品格』の著者で有名な
お茶の水大学名誉教授である数学者 藤原正彦先生の作品の中に

『若き数学者のアメリカ』

という、先生がアメリカ留学をされていた時の様子をまとめたものがあります。
もう40年前のアメリカの様子が描かれているのですが、
古さを感じさせず、異国の地で成長していく若き日の先生の姿は、
とても参考になると思います。
これから海外を目指す方にはオススメです。

少し本のさわりをお話します。
1972年 アメリカに初めて渡った先生は
その雄大な景色を目の当たりにし、
日本と比べてこんなことをおっしゃいます。

<抜粋>
アメリカにも日本と同様に、美しい物はいくらでもあった。グランドキャニオンの壮大な美しさ。ミシガン北部の紅葉の見事さ。無数にある湖の水の青さ。地平線にゆっくりと沈む夕陽。どれも美しいと思った。絵として見たら日本のものより数段上と思われるものもあった。
しかし、不思議なことに、感動したことは一度もなかった。「優しさ」を目覚めさせてくれることは決してなかった。人間は、少なくとも自分は、何に対して「優しさ」を持つのだろうか。どんな美しさを前にして感動するのだろうか。

「アメリカには涙がない。」ということに思いいたった。モウハーヴィ砂漠にも、湖の青い水面にも、壮大なグランドキャニオンにも、どこにも涙がなかった。土壌に涙がにじんでいなかった。

私は日本で美しいものを見ても、それが単に絵のように美しかったから感動していたわけではなかったらしかった。その美しさは常に、昔からの数え切れない人々の涙が実際にあるいは詩歌などを通して心情に滲んでいた。飛鳥の里で、変わりばえのしない田の畦道を歩きながら、何故に私は胸を熱くしていたのか。私は、涙をその風景の中に、足下の土壌に、辺りを包む光と空気の中に、瞬間的に感知し、感動していたに違いなかった。

どうですか?
日本人の情緒的感受性を高く評価する藤原先生らしい考察ですよね。
日本のなにげない風景の中にも感動してしまうのは…
「涙がにじんでいる」ということだったわけですね。

ところで、日本の道をあらわすこんな単語をご存じですか?
夏目漱石の『こころ』から一文を抜粋します。

<抜粋>
宿は鎌倉でも辺鄙(へんぴな)方角にあった。玉突だのアイスクリームだのというハイカラなものには長い畷(なわて)を一つ越さなければ手が届かなかった。

『畷』とは…畦道、長い道のことです。
日本語には、『畷』という言葉があります。
つまり、昔は、汗や涙のにじむ畦道がそこらへんにあったからこそ、
『なわて』という言葉が生まれ使われていたのかもしれません。
今では田畑が姿を消してしまったこともあり使わなくなった言葉かもしれませんが
「長い畷をひとつ越さなければ手が届かない」とあらためて読むと
涙や汗まで心にしみてくるような気がします。
いえいえ、
少なくとも歴史のある国で生まれてきたのを感謝したくなります。

「アメリカには涙がない。」
先生はアメリカの景色を見てそうおっしゃいました。が…
アメリカ生活も3年経ち、帰国を決心した中で、
同じ熱風の吹きまくる灼熱の地モウハーヴィ砂漠を貫く道
車を走らせながら先生こう語られています。

<抜粋>
赤い地平線に這いつくばったまま動こうともしない長い長い一本道が、彼らの、そして私の、歩みつつある道のように思えた。この道を蜃気楼のような理想を夢見ながら、逃げ水という幸福に裏切られながら人は歩み続ける。夏の灼熱の中を、冬の吹雪の中を、ただひたすら歩み続ける。そして、いつか夢は破れ、幸福を失い、倒れていく。この道は涙の道である。そして、他に道はない。
私は焼けつくような夏の太陽を露出した左腕に烈しく感じながらそう考えていた。アメリカ人が、日本人が、そして誰もが歩み一本道。歩まざるを得ない一本道。この道は愛なしには歩けない。愛なしには決して…。こう思った時、道は不意にぼんやりとにじんだ。

先生も、3年間のアメリカ生活の後、
同じ景色をみても違って見えたようですね。
正しいとか間違っているとかではなく、
こういう体験をすることが
若い時期には必要なことなんだと感じます。

<抜粋>
愛なしで人間は人間であり得ない。
人間は、
その心の最も奥深い部分を通わすことの出来る
「何か」が必要だ。
その「何か」は人でも物でも何でもよい。
それが愛ではないだろうか。
私はそう思った。

情緒的感受性を豊かにし、心通わす出会いを大切にしたいですね。

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バイクで旅してみろよ!

『バイクで旅してみろよ!』 そのひと言が響く景色がある。

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天国に近い場所

ジョシュアツリーナショナルパーク
ここは、ジョシュアツリーという
カリフォルニア特有のサボテンと
風と雨で削られた奇岩の転がる公園だ。

めまぐるしく変わる天気
隠れる場所もない園内で
灼熱の太陽とゲリラ豪雨に
容赦なく叩きのめされた。

公園入り口のダイナーで
「ここの生活はどうですか?」
と深いしわのある女性に尋ねると…

You can get more close to the God.

しゃがれた声でつぶやいた。

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TACOMA富士

シアトルに住む日系人から
TACOMA富士と呼ばれるレーニア山は
アメリカ第4位の高さを誇る。
氷河をかかえ、積雪31メートルという世界記録も持つ
厳しく美しい名峰は、多くの登山家の憧れだ。

「天国はこのような場所に違いない!」

…と開拓者達が言ったとされる山を背にするレストエリアで
日本製バイクに乗り旅するカップルに声をかけられた。

「良いバイクだな~オレもいつかは買いたいと思っているんだ。」

レンタルなんですよ!なんって言っても…つまらないので…

Thanks! But you have a beautiful passenger.

どこから来て、どこへ向かってる…
笑顔で二人は話してくれた。

ただそれだけ…

手を上げ走り去る二人を見送った。
まんざらでもない顔して…。

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秘密基地からの景色

ガレージから見える外の景色
ニューイングランド州の湖水地方
早朝から走り出し…
午後のパーティーに間に合うように
ガレージの納屋に戻る。
On the road again soon.
友人はそう言って
冷蔵庫からビールを持って戻ってきた。

秘密基地11時30分

Riders on the storm.

“バイカーは、風に五感を研ぎ澄まされながら走るもの。”
なんて言ってはみたものの…
どうする?

インターチェンジでしばらく雲の動きを見ていると
バイカーがやってきた。
軽く会釈をして
稲妻を走らせ柱のようになって落ちる雨をみつめ…
顔を見合わせ
肩をすぼめて…ボソっと…
Safe Ride!
そう言って別れた。

砂の楽園

地殻変動、風の力、一本の川の流れが
この大地を削り取ったというのだろうか。

アーチーズ国立公園へ向かう途中寄った
レストエリアから見た光景に驚いた。
アーチーズ公園は、
非日常的な形をした岩を有する
スケールの大きい枯山水の庭のようだった。

デビル、エンジェル…さまざまな名のついたアーチを見て歩き、
有名なデリケートアーチの帰り道、
ペトログラフを見つけて足を止めた。

馬に乗った人物が描かれているので、
スペイン人が
馬をアメリカ大陸に持ち込んでからの作品なのだろうか?
角が大きい鹿は、
もう少し寒いところにいるはずでは?
待てよ~アリゾナの高地にもエルクはいるので、
南からきた人が書いたのだろうか?
イマジネーションが膨らんだ。
パークレンジャーとして滞在した模様を綴った
エドワード・アビーは
彼の書『砂の楽園』の中でこう語っている。
In the desert,
living organism stands out bold and brave and vivid
against lifeless sand and barren rock.
砂漠では、
生命が折り重なって成長しているのではなく、
セージブラッシュなどの植物が
空間的に余裕を持って存在している。
そのため、
生命と無機質な砂や岩とのコントラストにより、
生命が大胆かつ勇敢に見えると彼は言うのだ。

日が傾くまで公園を歩き回った。
見上げるとどの雲もその腹を黄金色に染めて流れていた。
人の生きる時間をはるかに超越してそこにある岩山が、
今日という日の終わりに自らの存在を主張して光を放っていた。

ガソリンスタンドで意気投合した都会育ちのバイカーが、
コートハウスと名付けられた巨大な岩が夕陽で刻々と色を変えていくのを見ながらつぶやいた。
The red dust, burnt cliffs and the lonely sky…I hate the asphalt jungle.

翌朝はシトシトと雨が降っていた。
グリーンリバー沿いを二人でゆっくり走りはじめると雨はやみ、
日が高くなるにつれて湿った大地からの水蒸気が、
セージブラッシュのさわやかな香りをまとって谷を漂っていた。

ZEN RIDER

インターステイト90号を降り、
ワイオミングの州道14号をしばらく走ると、
前方に発電所の原子炉のような物体が見えてきた。

それは映画「未知との遭遇」で有名になった
デビルズタワーだった。

264メートルのマグマが押し出した玄武岩でできたこの山を、
デビルと関連付けたのは白人の発想で、
この地に住んでいた多くの先住民たちは、
山肌につけられた鋭い動物の爪跡のような模様から
連想したのだろう「熊の岩」と呼び、
次のような言い伝えが残されている。

その昔、
森で遊んでいた7人の少女たちが
巨大なグリズリーベアーに見つかり食べられそうになった。
逃げ惑う少女たちは創造神、
ワカンタンカに祈りを捧げると、
地面がグングンもり上がりはじめた。
怒り狂った熊は伸びていく岩に爪をたてて登ろうとしたが、
少女たちを捕らえることができなかった。
助かった少女たちは後に、
星となり夜空で今も輝いているというものだ。

デビルズタワーに隣接する
トレイディングポストをブラブラしていると、
ライダー仲間のビルが近づいてきて、
「予定していた場所に寄れなくなった。
  日本から来たのに残念だな~。」
と気遣ってくれた。
仲間のバイクの一台壊れ手間取っていたのだ。
とっさに、
”We can’t get everything.”
と答えると、
「お前の考えはZEN的だな~」
と感心された。
アメリカ人の考える“禅”の世界?
興味を持って問いただすと、
“All you really need to do is accept this moment fully.
と教えてくれた。
今この時を受け入れる!
…心の濁りが消え、澄みきった気分になった。
店の前に掲げられていた星条旗がひるがえった。

ひるがえた旗は風の仕業か?旗が動いたのか?…
…ちがう!自分の心が動いたのだ。
すっかりスピリチュアルな世界に浸っていた。

仲間と別れ、
ベアービュートと呼ばれる
ネイティブアメリカンの聖地でもある山の麓の
キャンプ場にテントを張った。

少女を追いかけて疲れきった熊が横たわってできたのが
この山なのだそうだ。
熊の横っ腹に抱かれながら星を見上げ、
寝袋に潜り込むと、
昼間、デビルズタワーで見た
プレーリードックにでもなった気分になって…。

この大地に生きていることに感謝した。

古き良き時代のダイナー

ネブラスカの州道24号をバイクで走っていると、
夕立が激しくなってきた。
モリルという小さな田舎町のモーテルにチェックインし、
隣接するストリーム・ライン型ダイナーにくりだした。

ダイナーとは、
もともとは汽車の食堂車を改造して作ったレストランのことだ。
それが次第に食堂車からの転用ではなく、
デザインを重視したものが作られるようになり、
30年代後半から50年代にかけては、
航空機、ロケットを意識した流線型、
いわゆるストリーム・ライン型のダイナーが作られ
人気を博すようになった。
ステンレス製の建物、
タイルの敷き詰められた床、
固定されたストール…というこのスタイルのダイナーは、
ファーストフード店が台頭してくるまでの
旅行者のオアシスとなった。

しかし、今でも営業している店は珍しく、
思いもよらないネブラスカでの古き良き時代の遺産との遭遇に
心が躍った。
ちなみに、
ダイナーとレストランとの区別はあいまいで、
友人に尋ねると
“If it doesn’t serve breakfast at any hour of the day, it’s not a diner.”
という答が返ってきた。
どうやらダイナーは24時間営業が基本のようだ。

ウェイトレスの女子大生が
カウンターに座る常連の話し相手をしながら注文を取っていく。
ようやくこちらにもやってきて、
人なつっこい笑顔で特製サンドウィッチを勧めてくれた。
二度と立ち寄ることもない旅の途中で出会ったからだろうか、
旅の話に耳を傾けてくれる優しさのせいだろうか、
すっかり心を持っていかれてしまい…,
「明日、一緒に行こう?シカゴまで…」
愚かにもそんなことを言っていた。
すると、誘われ慣れているのだろう,
I’d love to, but…I have to study for a blood test.
スマートなジョークで返された。
店を出ると虹がかかっていた。

♪Somewhere, over the rainbow, way up high♪
むかし、子守唄の中で聞いた
夢が叶うという土地を旅している気分になった。

サンフランシスコ

サンフランシスコに到着し、
レンタルバイクを借りて走り始める。
霧の街サンフランシスコ。
薄い雲が低く速く流れていく。
めまぐるしく変わる空模様、
霧をまとうゴールデンゲートブリッジが
顔を見せたり隠れたりしていた。

この街を走ってみると坂が思いのほかきついのに気づく。
「坂道発進かよ~」
と不安定な状態で信号待ちをしていると
Hill
なんていう看板が目に飛び込んできた。
「桜坂」
「いろは坂」…
日本では坂に名前をつけるが、
アメリカで〈坂〉に“~ slope”と名付けることはまずない。
〈坂〉はhillなのだ。
サンフランシスコは坂の街、
実際、43のhillと名付けられた〈坂〉が存在するそうだ。
「サンフランシスコに来たら寄ってくださいね」
と言ってくれた卒業生と
港の桟橋で待ち合わせの時間が近づいていた。

丘を越えてフェリー乗り場近くにバイクを停め、
ピアをぶらぶらしていると
シーライオンが気持ちよさそうにひなたぼっこをしている。
その光景は、
家のソファーに寝転がる二十数年連れ添った妻とダブってみえた。

「先生!」
懐かしい笑顔に迎えられ10年ぶりに卒業生と再会を果たす。
「私は私達の代の一番弟子だと思っているんですから…」
大企業でもまれ、
海外支店に赴任する夢を叶えた彼女は言うことまで違う。
教え子に案内してもらいピアをブラブラ。

ここではイチゴはチョコに浸して食べるらしい。
そう言えば、農道で
U-Pick Strawberries
という看板を見ることがある。
これは「イチゴ狩りやってます」ということだ。

越えてきたばかりの坂の見えるカフェテラスに座り、
すっかり彼女の話の聞き手になっている自分に気がつくと
over the hill
「もう若くはなくて」
という意味もあるこのフレーズが脳裏に浮かんできた。

アメリカ人の心の故郷グランドティートン

アメリカ人の心の故郷、
ワイオミング州のグランドティートンの前に立った。

ここは1880年代後半の
アメリカ開拓時代を描いた有名な映画
「Shaneシェーン」
の舞台でもある。
映画の中で、
シェーンは雑貨店に併設されたサルーン(酒場)の扉を押し、
少年ジョーイへの土産を求めバーテンに話しかける。
“Do you have Soda pop?”
このSoda popこそ、コーラの祖先である炭酸飲料のことだ。
Soda popは子どもの飲み物だったらしく、
その場にいた酒場のごろつきはシェーンをバカにして言う。
“Well, what’ll it be – lemon, strawberry, or lilac, sodbuster?”
すでにその当時、
レモン、ストロベリー、ライラックの3種類の味が選べたようだ。
ちなみに、
アメリカのソフトドリンクの歴史を調べると、
1798年に
炭酸入りミネラルウォーターに味をつけたsoda waterが登場し、
1860年頃に
Soda popと呼ばれるようになる。
1960年代になって
現在のようなビン入りで流通されるようになるまで、
SaloonやSoda fountain、Ice cream saloon
などと呼ばれた場所でグラスやビンに注がれ売られていたようだ。
それではここで問題です。
アメリカを代表する炭酸飲料を
生産開始の古い順にあげてみて欲しい。
①コカコーラ
②ペプシコーラ
③ジンジャエール
④ドクターペッパー 
            (答は下)
   
真夏にもかかわらず頂上に雪を残すグランドティートンは
実にすがすがしい山だった。

多くの家族連れがボートを山の裾野の湖に浮かべていた。
湖面にブルーグレーのグランドティートンが揺れていた。
水辺ではしゃぐ子どもの声に心も揺れた。
“Shane! Come back!”
耳を澄ませばそう聞こえてくるようで…
バイクでの一人旅、
楽しそうな家族連れを見るのが一番辛い。
美しい景色の中で…思いっきり寂しくなった。 
答:
1851年Ginger ale、
1885年Dr. Pepper、
1886年Coca-cola、
1889年Pepsi-cola
の順となる。

ワイオミングのやすらかなる大地

観光客で賑わうロッキー山脈の表玄関
コロラド州エステスパークを後にして、
サウスダコタ州にある4人の大統領の顔が彫られている
有名なラッシュモアマウンテンに向かう。
雨が降ったりやんだり、
もうどれくらい走ってきたのだろう。
ワイオミング州に入ってから景色は変わらない。

風がでてきた。
雲が駆け足で流れだし、
日も差してきた。
さっきまで雨に打たれていた草原が風になびいて、
やさしくキラメキながらうねりをみせている。
人の集まる景勝地よりも、
こんなアメリカの田舎道に、
心をわしづかみにされる。
アメリカ人作家Gretel Ehrlichは、
その著The Solace of Open Space『やすらかなる大地』の中で
ワイオミングの風景をこうスケッチしている。
If anything is endemic to Wyoming,
it is wind.
This big room of space is swept our daily.
『もしワイオミング固有なものがあるとすれば、
 それは風である。
 この大きな広がりには、
 日々風が吹きすさぶ。』
州の境にあった看板の前にバイクを停め、
写真を撮っていると
一台のバイクが速度を落として近づいてきた。
Are you OK?
ロン毛で革のベストを着た強面のオヤジが声をかけてきた。
地元の人間はこんなところで停まりやしない。
バイクの故障ではないかと声をかけてくれたのだ。
No problem! Shiny side up!
「安全運転で」という意味の
覚えたてのバイカーフレーズで見送ると、
自分が景色の一部になったような気がした。
人間は雨をふらせることも、
そよ風をふかせることもできない。
気まぐれで時に過酷な天候と戦いながらも、
やさしい人の温もりに心がおもいっきりほだされた。
道の反対側に移動して
サウスダコタ州の看板も写真に撮っておくことにした。
Great Faces, Great Places
カメラのフレームに納まった看板をアップにして気がついた。

大統領に数発の銃弾の跡が残されていた。
最近…旅ネタが少なくなってしまいました。
でも…お仕事で
こんな掌編小説ポイエッセイを書かせてもらっています。
こちらでも少しずつ紹介していきますね。
お楽しみに…。

ワイオミング

昨日ご紹介したOn the Road Magazineでの記事を抜粋しておきます。
「アメリカ大陸をバイクでひとり旅していて寂しくないの?」
そう尋ねられることがある。
不思議なのだが、
言葉を交わさぬとも、
人の温もりが感じられる景色の中に自分がいることがある。
それが汽車との遭遇だ。

ワイオミングとコロラドの州境の田舎道
同じ方面に向かう長~い汽車に出くわした。
少しずつ近づいて
汽車の運転席と並んだところで
手をあげると
汽笛を鳴らして答えてくれた。
嬉しくなって、
フルスピードで汽車を追い越して
待ち伏せし、
カメラを用意して
再び大きく手を振ると、
さっきよりも長く何度も何度も
ヒュ~~
ヒュ~~
ヒュ~~
と汽笛を鳴らしてくれた。

言葉を使わない貴重な出会いを体験しながら旅を続け、
久しぶりに友人に会えば、
やはり、言葉のもつ力を感じることができる。
 Mi casa su casa  「ミ・カサ・ス・カサ」
これはスペイン語で
My home is your home.
という意味だ。

5年ぶりに会った友人の
ブランクを感じさせないいつもの温かさが嬉しかった。

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